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森会長失言問題をオリンピック不開催の原因にしようとする日本的な生贄の風習

 

 私には、これはいかにも日本的であるように思える。最初から、「~さんがいるなら、やめさせてもらいます」とか、「~さんがいる会議には出席できません」と言って、相手を追い詰めようとするのは、いかにも日本的で陰湿なやり方である。看過できない差別主義者が、自分が関係する組織の中にいるのであれば、先ずは、関係者として、その真意に対する説明を求め、改善の可能性があるか一緒に考えようとするのが、筋であろう。東京オリンピックの開催を真に望んで協力しているのなら、なおさらのことだろう。ボイコットというのは、いろいろ内からの変革を試みて、このままでは自分の目指した理想とは正反対の結果になってしまうと判明した時に取る、最終手段である――手段というより、諦めの決断である。

 トップの考え方がおかしいからといって、自分がその組織からさっさと抜けたり、話し合いの場を欠席したりしたら、そのおかしなトップのいいなりになってしまう。例えば私が、トップの考え方がおかしいからという理由で、教授会を欠席したり、多くの人と一緒に準備していたイベントへの協力を急に取りやめるなどして、そのことを正義感ぶって得意げに公言したら、「何と幼稚な奴だ、自分の努力を拒否している」、と批判する人が出てくるだろう。それと同じことのはずだが、どうして、森会長が出てくると、そうした指摘をする人がいないのか。

 この件で、陰湿な圧力のかけ方が良しとされたことには、主として二つ理由が考えられる。一つは、政府・自民党やスポーツ界ににらみをきかす森氏の権力が絶大なので、から批判してもほぼ効果がないことを、批判している人たち自身が前提にしていること。つまり、まともな議論はできないと最初から諦めているわけである。もう一つは、東京オリンピックの八月開催が絶望的な様相を呈し始めているので、コロナという非生物ではなく、誰か人間の悪者のせいにしたいという心理が働いていること。「コロナ問題の現状を考えると、オリンピック開催はもう無理」と報じていたマスコミが、組織委員会の会長の辞任問題に拘ったり、辞任が決まったら決まったで、「森氏辞任で、東京オリンピックは絶望的に」、などと報じるのは、その端的な現われだろう。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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